NK細胞による肺血管透過性制御機能を発見 -心不全患者の呼吸困難を改善する新たな治療法開発へ-

慶應義塾大学医学部内科学教室(循環器)佐野元昭准教授らと内科学教室(呼吸器)の共同研究グループは、心筋梗塞後に異常に活発になった好中球(注1)が、肺微小循環(注2)に捕らえられて停滞し、肺の血管内皮細胞を傷害する結果、血液内の液体成分が肺内にしみ出すために低酸素血症(呼吸困難)を引き起こすこと、また肺の中に存在するNK(ナチュラルキラー)細胞がその好中球による肺の血管内皮細胞傷害を抑制していることを発見しました。その結果、肺NK細胞は、免疫反応を沈静化する抑制性サイトカインIL-10(インターロイキン10)(注3)を産生することによって、肺の血管内皮細胞のバリアー機能を維持し、血管内から肺組織への好中球の侵入を抑制していることが明らかになりました。

今回発見された機能を生かしたNK細胞療法は、心筋梗塞後の心不全患者の低酸素血症(呼吸困難)を改善する、新たな治療法として有望と期待されます。

本研究成果は、2013年12月23日(日本時間12月24日)に米国心臓病学会誌「Circulation Research」オンライン版で公開されました。

 

1. 研究の背景

心筋梗塞に対する再灌流療法(注4)の発達は、急性期死亡率を劇的に低下させましたが、重症例の救命によって梗塞後心筋リモデリング(注5)による心不全の有病率をむしろ増加させるという矛盾を生みました。心筋梗塞後の組織修復の過程には免疫応答の活性化とこれに付随した炎症反応が発生します。近年、心不全の予防については、炎症を標的とした治療が着目されています。

NK細胞はリンパ球の一種で、腫瘍細胞やウイルス感染細胞を攻撃し除去する機能があり、癌治療に応用されています。本研究では、このNK細胞による治療法が新たな心不全治療と成り得るかについてマウス心筋梗塞モデルを用いて検証しました。

 

2. 研究の概要と成果

本研究グループは、肺血管透過性に対するNK細胞の機能に着目して、研究を行いました。NK細胞を除去したマウスは、除去しなかったマウスに比べると、心筋梗塞後に著しい呼吸不全に伴う低酸素血症を呈しました。一方、心筋梗塞後の心臓の左心室から全身へ血液を送り出す力は、NK細胞除去の有無では違いを認めませんでした。NK細胞を除去したマウスにおける呼吸不全に伴う低酸素血症の悪化は、心筋梗塞後の心臓の傷の治りが悪かったことが原因ではなく、好中球による肺の血管内皮細胞傷害の程度が重症化した結果、肺血管透過性が亢進、つまり血液の液体成分がより多く肺の中へしみ出したことが原因と考えられました。

心筋梗塞後は24時間以内に、肺の血管内皮細胞が傷害され、好中球が肺胞隔壁、さらには肺胞内に浸潤します。血管壁の通りがよくなってしまい、血液内の液体成分や赤血球も肺胞腔内にしみ出す結果、低酸素血症(呼吸困難)を引き起こします。本研究グループは、肺NK細胞は、肺の中の主たるIL-10産生細胞であり、心筋梗塞後に肺の毛細血管の壁に近づき、IL-10を生み出すことによって、肺の毛細血管の壁に好中球が浸潤するのを抑制し、血液の液体成分が血管の外へしみ出すのを防いでいることを世界で初めて明らかにしました。

 

3. 今後の展開

これまでは、心筋梗塞後の心不全患者が低酸素血症を起こすのは、肺動脈の圧が高くなることで、血液内の液体成分が肺内にしみ出すためと考えられていましたが、肺の炎症である肺血管透過性亢進も寄与することが明らかになりました。本研究は、肺NK細胞がIL-10の産生を介して、好中球による肺毛細血管の透過性亢進を抑制していることを世界で初めて示した研究であり、NK細胞療法による心不全治療の可能性が期待されます。

 

4. 特記すべき事項

本研究成果はJST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「炎症の慢性化機構の解明と制御」研究領域(研究総括:高津聖志 富山県薬事研究所 所長)における研究課題「炎症の制御に基づく心不全の予防と治療」(研究担当者:佐野元昭)によって得られました。

 

5. 論文について

【英文タイトル】

Lung natural killer cells play a major counter-regulatory role in pulmonary vascular hyperpermeability after myocardial infarction

【タイトル和訳】

肺NK細胞は心筋梗塞後の肺血管透過性を抑制性に制御している

【著者名】

閆 小響 (筆頭著者)、Ahmed E. Hegab、遠藤仁、安西淳、松橋智弘、勝俣良紀、伊藤健太郎、山本恒久、別役智子、新村健、Weifeng Shen、Eric Vivier、福田恵一、佐野元昭(責任著者)

【掲載紙】

2013年12月23日(日本時間12月24日)に、米国心臓病学会誌「Circulation Research」オンライン版に掲載。

 

 

【参考図】NK細胞による肺血管透過性制御機能

 


 

A. 心筋梗塞後に異常に活発になった好中球が、肺微小循環に捕らえられて停滞し、肺の血管内皮細胞を傷害する結果、血液内の液体成分が肺内にしみ出すために低酸素血症(呼吸困難)を引き起こす。

 

B. 肺NK細胞は、免疫反応を沈静化する抑制性サイトカインIL-10(インターロイキン10)を産生することによって、肺の血管内皮細胞のバリアー機能を維持し、血管内から肺組織への好中球の侵入を抑制している。

 

【用語解説】

注1:好中球

白血球の一種です。好中球は透過性の亢進した血管壁に粘着し、通過し、血管外組織に浸潤します。病原体の侵入時には最前線で病原体と戦う役目を果たしている半面、自己の組織を障害するなど生体にとって好ましくない影響を及ぼすこともあります。

 

注2:肺微小循環

肺の毛細血管は、他臓器の毛細血管と比べて、構造上、好中球の通りが悪いことがわかっています。したがって、普通の状態でも、好中球は何度もひっかかっては止まり、形を変えながら、何とか肺の毛細血管の中を通過しています。重症肺炎、敗血症、重症外傷などの際に、血中に放出された大量の炎症性サイトカインによって、骨髄から動員され活性化された好中球は、変形能が低下しているため、より肺微小循環に捕捉されやすくなります。

 

注3:インタ―ロイキン

白血球によって分泌され細胞間コミュニケーションの機能を果たす細胞伝達物質です。

 

注4:再灌流療法

閉塞した血管を再び開通させる治療法です。急性心筋梗塞に対しては、冠動脈形成術で閉塞した血管を開通させる方法が普及しています。治療は早ければ早いほど、組織へのダメージが少なくなります。

 

注5:梗塞後心筋リモデリング

心筋梗塞を起こすと心筋は一部壊死し、やがてその部分は線維化を起こしてきます。線維化した梗塞部が拡大し左室は拡張してきます。梗塞部の拡張によって、残存する生存心筋にかかる張力が増大し、心臓に負荷がかかり、心収縮力が低下してきます。このような過程を心筋リモデリングと呼びます。心筋梗塞により壊死した心筋による収縮力の低下に加えて、リモデリングによる収縮力の低下が加わり、心不全を発症します。

 

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