基礎研究(病態解明)

循環器疾患の病態解明と治療法の開発

佐野研究グループ

研究代表者:佐野 元昭
研究代表者:佐野 元昭

佐野元昭、遠藤 仁、片岡雅晴、松橋智弘、勝俣良紀、山本恒久、白川公亮、山本翔一、磯部更紗、吉田尚弘(東京女子医科大学 高血圧・内分泌内科)、山下 薫(東京女子医科大学 高血圧・内分泌内科)、多村知剛(救急医学科)

安西 淳(ボストン留学中)、林田 敬(救急科:ボストン留学中)

循環器内科の日常診療で遭遇する様々な疑問に答えるため、神経体液性因子のみならず、代謝、炎症にフォーカスを当てて、病態解明を促進し、 創薬ターゲットを突き止め、基礎研究の成果を、医療現場に還元する事を最終目標として研究を行っております。2014年に発表した研究成果を中心にご紹介致します。

代謝産物の変化情報に基づく心筋機能制御法の確立

心筋代謝は、心筋収縮に必要なエネルギーを供給する、心筋細胞死を抑制する生理活性脂質(プロスタグランジンなど)を産生する、レドックス制御、エピジェネティック制御などを介して、心臓の恒常性維持、ストレス応答、機能破綻と密接にかかわっています。医化学教室との共同研究によって、世界に先駆けて代謝産物を質量分析で網羅的に計測するメタボローム解析を心不全研究領域に導入し、ストレス下の心臓における心筋細胞内代謝の動的変化とその病態生理学的意義の解明を進めてきました。心筋におけるアミノ酸代謝を活性化させることによって抗酸化ストレス応答を増強させ虚血再灌流障害を抑制できる事、解糖系とTCA回路のカップリングを促進させることによって細胞内アセチルCoAプールを増加させクロマチンヒストン蛋白質のアセチル化修飾を介して圧負荷肥大心における心筋リモデリングを抑制出来ることを明らかにして参りました(J Clin Invest 2009, Circ Res 2009, Cell Stem Cell 2012, Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2013, Hypertension 2014)。最近では、心筋代謝産物のイメージング技術を確立して、心筋代謝を時空間特異的に詳細に解析できるようになりました。

炎症を標的とした心血管の病態解明

オメガ3脂肪酸の心不全予防効果に関わる代謝産物18-HEPEを同定

魚油に多く含まれるエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などのオメガ3脂肪酸はヒトを含む哺乳類は体内で生成できませんが、食べ物から摂取することで心不全を予防する効果があることが疫学的に証明されておりますが、その分子メカニズムは不明でした。東京大学大学院薬学部衛生化学教室との共同研究によって、オメガ3脂肪酸の心不全予防効果には心臓に存在するマクロファージの機能が重要であることを示しました。また、マクロファージが生成する脂肪酸代謝物のメタボローム解析から、EPA由来の抗炎症性代謝物18-HEPEを見いだしました。18-HEPEを圧負荷心肥大モデルマウスに投与すると、炎症や線維化が顕著に抑制され、心不全の予防効果が発揮されることを確認しました(J Exp Med. 2014)。

急性大動脈解離発症後の血管炎症のしくみを解明

大動脈解離モデルマウスを用いて、急性大動脈解離発症後に生じる血管炎症の発症メカニズムを明らかにし、解離の進展と拡大、破裂、肺の急性炎症を予防し得る新たな治療法を発見しました(Circ Res, 2015)。

急性大動脈解離とは、大動脈の内側に亀裂が入り、その裂け目から血液が大動脈の壁を裂いて壁内に流れ込む病気で、急性心筋梗塞とならんで、すぐに対処が必要な循環器の救急疾患です。特に、上行大動脈に解離が及ぶ急性A型大動脈解離は極めて予後不良な疾患で、症状の発症から1時間あたり1~ 2%の致死率があると報告されています。今回、本研究グループは、病理学教室が樹立した急性大動脈解離モデルマウスを用いて、大動脈解離発症後の血管炎症のしくみを経時的に解析することで、大動脈解離発症後、血管壁の外膜側に浸潤してきた好中球が産生するIL-6を介して大動脈解離発症後に血管壁の構造をさらに傷害し、解離の進展と拡大、破裂を引き起こしていることを発見しました。この成果をもとに、好中球表面のCXCR2受容体を介するシグナルをブロックして骨髄からの好中球動員を抑制するか、IL-6のシグナルをブロックすることによって、大動脈解離発症後の生存率を改善できることを明らかにしました。今回の研究結果を応用し、大動脈解離発症後急性期に、CRP(C-reactive protein, C反応性蛋白)高値など血管炎症の強い患者に対して、血管の炎症を軽減させ、急性期の急性肺障害を含む全身性炎症反応症候群を、慢性期の大動脈径の拡大に伴う破裂を含めた大動脈関連事象を予防する効果が期待され、治療の選択肢が拡がる可能性が考えられます。現在、臨床研究に向けて準備中です。

医療用ガスとしての水素の有効性

心停止後症候群に対して水素ガス吸入が脳障害を改善する効果を発見

—救急医療現場に即した社会復帰率を改善する新たな治療法として期待-

心肺停止後に蘇生され心拍再開が得られた後に、濃度1.3%の水素ガスを低濃度酸素吸入下で吸入させることによって、生存率や脳機能低下を改善することをラットにおいて発見しました(Circulation 2014)。 本研究グループは、これまで、日本医科大学大学院医学研究科加齢科学系専攻細胞生物学分野、国立循環器病センターとの共同研究で、脳や心臓の血管が詰まって生じる脳梗塞や心筋梗塞に対して、水素ガスを吸入させながら詰まった血管を広げて血流を再開通させると、虚血再灌流障害(血流を再開させた結果、臓器の組織障害が進行する現象)を抑制することによって、脳梗塞や心筋梗塞が軽症化することをラットやイヌを用いた実験で明らかにしてきました(Nat Med. 2007, Biochem Biophys Res Commun. 2008, Cardiovasc Drugs Ther. 2012)。救急医学科との共同研究によって、ラットの心肺停止蘇生モデルを樹立、心拍再開前から高濃度酸素吸入下で水素ガスを吸入させると生存率や脳機能低下を改善することを報告してきました(J Am Heart Assoc. 2012)。今回は、臨床治験を見据えて、臨床現場の状況に即した条件で検証し、心肺停止蘇生後に心拍再開が達成された後からの低濃度酸素吸入下で水素ガスを吸入させても、低体温療法と同様の生存率や脳機能低下を改善すること、さらに低体温療法と水素ガス吸入によって上乗せ効果が見られることをラットにおいて証明しました(Circulation 2014)。

医師指導型臨床研究として、心肺停止蘇生後に入院し、低体温療法が施行可能な患者5例に対して、水素ガスを吸入させ、安全性を確認しました。現在、臨床治験を推敲するためにPMDAと相談中です。

循環器疾患、心臓形質の全ゲノム関連解析

父親からの30億個、母親からの30億個のゲノム配列の重なりによって個人の設計図は作られています。一人ひとりのゲノムの配列は、数百万個も異なる。これが、個人個人の多様性(外見上の違い、病気になりやすさの違い、薬の利き方の違い)を生んでいます。全ゲノム関連解析は、比較対象となる集団から血液を集め、DNAを精製し、このDNAを用いてSNPの遺伝子型を決定し、目的とする形質によって遺伝子型の頻度が異なるSNPを明らかにすることによって遺伝的因子を同定すること方法であります。我々は、健康な日本人集団を対象に、心電図のPR時間、QRS時間、QT時間の長さに関与する遺伝的因子を同定しました(Hum Mol Genet. 2014)。また、日本人の肺動脈性肺高血圧症の病態形成に関与する遺伝的因子や左室肥大に関与するに関与する遺伝的因子の同定にも成功しました。

心電図のQT時間の解析中に、心電計の機種(メーカー間)によるQT時間の自動計測法、心拍数による補正法に大きな違いがあることがわかりました(PLoS One. 2014)。この問題に関しては、小川聡教授、加藤貴雄教授のご高配を賜り、日本心電学会の学会活動の一環として、技術・機器精度委員会の中に「QT自動計測の精度および臨床応用に関するワーキンググループ」(清水渉委員長)を立ち上げていただき、日本光電、フクダ電子、スズケン、GEさんのご協力を得て、さらなる検討を始めることになりました。

[2015年の研究動向]

肥満、糖尿病などの生活習慣病は、数十年単位で心筋にストレスをかけて、心不全を引き起こします。長寿社会の中では、このようなストレスに伴う拡張不全を主体とした心不全が急増し、有効な治療法が存在しないために、社会的にも大きな問題となりつつあります。

我々は、加齢マウスの2次リンパ組織に出現する、細胞老化に似た表現型を有する向炎症性の特殊なT細胞集団が、高脂肪食負荷によって、若い肥満マウスの臓器の中の“ニッチ”に出現し、急速に増加することを見出しました。この細胞集団が、内臓脂肪や心臓の慢性炎症に関与し、肥満関連、さらには加齢関連疾患の共通した治療標的となる可能性を考え、現在検討中です。

iPS細胞を用いた難治性疾患治療方法の開発

研究代表者:湯浅 慎介
研究代表者:湯浅 慎介

いわゆる循環器難病は数多く知られ、それらの多くは遺伝的要因によって発症することが知られています。その中でも特に遺伝性QT延長症候群などの遺伝性不整脈疾患、肥大型心筋症や拡張型心筋症などの心筋症、あるいは原発性肺高血圧症などは比較的患者さんの数も多く、よく知られています。これらの疾患においては、原因となる遺伝子は特定され、それらが直接的に病気の原因となることが過去の研究により示されてきました。しかしながら、実際の患者さんにおける病気の重症度は様々であり、薬に対する反応性なども個人によって異なり、わからないことが多数あります。さらには、患者さんの家族などにおいて、同じ遺伝子変異を持っていても病気を発症しない人も多数おります。これらのことより、結局は病気がなぜ起こるかが、はっきりとはわかっていないと言わざるをえません。このように病気がなぜ起こるかが分からないので、根本的な治療方法もありません。我々は、これらの病気の原因が分からない、治療方法が無い難病に対して、iPS細胞を用いて治療法能を開発しようという試みをしております。

iPS細胞を用いた難治性疾患治療方法の開発
iPS細胞を用いた難治性疾患治療方法の開発

患者さんから作製したiPS細胞は患者さんの遺伝情報を全て受け継いでおります。すなわち上図に示すように、患者さんから体細胞(末梢血)をいただき、iPS細胞を作成し、iPS細胞から心筋細胞や血管内皮細胞を作成すると、患者さんの体で起こっていることが培養皿上で再現されます。例えば心筋症の患者さんからiPS細胞を作り心筋細胞を作ると、患者さんの心臓で起こっている問題が、培養皿上で再現され、その問題を解決すべくドラッグスクリーニングが行えるようになります。将来は、このような工程で開発された薬剤が患者さんに還元されるよう研究を行っております。

心臓交感神経から診た心臓病の分子生物学的解明

研究代表者:金澤 英明
研究代表者:金澤 英明

心臓の発生における心臓神経の関与、および心不全などの心臓病の病態と心臓交感神経の関連の解明とその治療標的分子の発見を目標としています。最近では、ストレス心筋症の発症メカニズムを分子生物学的に解明する研究も行っております。

イメージ画像
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  1. Development, maturation, and transdifferentiation of cardiac sympathetic nerves. Kimura et al. Circ Res. 2012.
  2. Heart failure causes cholinergic transdifferentiation of cardiac sympathetic nerves via gp130- signaling cytokines in rodents.
    Kanazawa et al. J Clin Invest. 2010.
  3. Sema3a maintains normal heart rhythm through sympathetic innervation patterning. Ieda et al. Nat Med. 2007.
  4. Cardiac Sympathetic Rejuvenation: A Link between Nerve Function and Cardiac Hypertrophy. Kimura et al. Circ Res. 2007.

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